交通事故事案において請求の対象となる損害の一つに、入通院慰謝料(傷害慰謝料)があります。

被害者(ここでは、交通事故で怪我をした人を指す。)が受けた精神的苦痛を填補するものとして、慰謝料の賠償が認められます。

そして、交通事故訴訟に際して、この慰謝料の金額が争点となることも少なくありません。

以下、交通事故訴訟(裁判)における慰謝料の算定を中心に記載します(あくまで訴訟の場面を想定した説明であること、ご留意ください。)

慰謝料請求の根拠規定

慰謝料請求の根拠となる規定は、民法の710条です。民法710条の規定は次の通りです。なお、参照されている民法709条(前条)と併せて、記載します。

民法710条
他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。

民法709条(前条)
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。


民法710条には、慰謝料という表現はないものの、同条は、加害者は、「財産以外の損害」についても賠償しなければならないと規定しています。

そして、この「財産以外の損害」に、精神的苦痛という損害が含まれ、賠償の対象になると解されています。

したがって、民法710条が慰謝料請求の根拠規定になります。

慰謝料の類型化・基準化

<精神的苦痛は千差万別>
慰謝料は、被害者の精神的苦痛を填補するために認められる損害賠償金です。

この点、事故の態様や程度あるいは被害者の被害の状況、被害者の属性等は、千差万別で、被害の感じ方(精神的苦痛)もまた、それぞれ異なると考えられます。

そうすると、精神的苦痛を慰藉するための慰謝料金額も千差万別と考えるのが自然かもしれません。

<慰謝料の類型化・基準化>
しかし、実際の交通事故の民事裁判では、この精神的苦痛の慰謝という主観的概念から離れ、慰謝料につき、類型化・基準化が進んでいます。

その理由の一つには、個々すべての事情を評価して、それを金銭的に引き直して慰謝料を算定することがそもそも不可能ないし著しく困難であるということが挙げられます。

また、少し難しい話ではありますが、民法上、精神的損害の算定は、個々人の主観的苦痛そのものを評価してなすものではないと理解されています。

精神的損害の算定は、当該加害行為が有った場合に、一般人であれば被る通常の精神的苦痛を評価して算定すべきものと考えられているのです。これも慰謝料の類型化・基準化が正当化される理由の一つに挙げられます。

そして、こうした慰謝料の類型化・基準化の考え方は、古くは昭和40年代から試行され、現在では、ほとんど定着するまでに至っています。

慰謝料算定時の考慮要素

上記のように、交通事故の慰謝料算定については、その基準化・類型化が進んでいます。

具体的には、①傷害の部位・程度、②入通院の別、③入通院期間の長短を基準に、慰謝料の評価がなされることが多くなっています。

慰謝料算定の基準となる要素

①傷害の部位・程度、②入通院の別、③入通院期間の長短を慰謝料算定の基準とするのは、それぞれ、次のような理由に基づきます。

① 傷害の部位・程度
傷害の部位及び程度は、傷害による肉体的な苦痛及びこれに伴う精神的苦痛を評価するための要素として、慰謝料算定時に斟酌されます。

たとえば、頭がい骨を骨折した場合と、右膝に打撲を受けただけの場合とでは、肉体的苦痛の程度及びこれに伴う精神的苦痛の程度が異なります。

このように、傷害の部位や程度によって、通常発生し得る精神的苦痛の程度が異なりうるため、傷害の部位や程度は慰謝料算定の要素の一つとされています。

② 入院・通院の別
入院・通院をしたか否かも、慰謝料を評価するための重要な要素として斟酌されます。

この考え方の背景には、一般論として、「入院を必要とする場合」であれば、「入院を必要とせず通院で足りる」場合に比べて、傷害が重篤といえるという考え方があると言われています。
  
③ 入院・通院期間・実通院日数
入通院期間・実通院日数は、傷害の程度を徴表する指標となるほか、入通院による行動の自由・社会活動の自由に対する制約面での不利益を評価するための要素として斟酌され得ます。

基準の修正・個別事情の斟酌

もっとも、上記のように、①傷害の部位・程度、②入通院の別、③入通院期間の長短を基準に、慰謝料の評価がされることが多くなっているとはいえ、それ以外の要素が加味・斟酌されないわけではありません。

基準はあくまで基準にすぎない為、精神的苦痛を慰謝するために、基準を形式的・硬直的に適用することが不適当な事情が存在する場合、基準を修正することもありえます。

その検討の際、弁護士にとって重要となるのが、上記①~③の要素が何故、慰謝料算定の基準とされているのか、という本質的な理由の理解です。

その理解を深めることで、当該案件において、①~③の要素を形式的・硬直的に適用するのが妥当か否か、①~③の要素でカバーされない他の不利益がないか等を基準の根拠に遡って検討することができるからです。

単に基準が有るからといって、慰謝料の金額が自動的に定まるということはありません。