システム開発契約における開発対象の特定システム開発を巡るトラブルとして、裁判例によくあがる問題の一つが、システム開発契約の対象が一義的に特定されていないケースです。

たとえば、ユーザーとしては、A+B+Cの開発を委託したつもりなのに、ベンダーとしては、開発の対象となるのは、A+Bだけで、Cは契約の対象外と認識している、というようなケースです。

そして、こうした場合においては、報酬の支払いの有無等を巡って、ユーザー・ベンダー間で紛争が発生しがちです。

ベンダーの主張 ユーザーの主張
A+Bのシステムが出来上がったのだから報酬を支払ってほしい Cが完成していないのだから、支払えない

 

システム開発契約の対象が特定されない理由

上記の様な問題は、契約書作成当時(要件定義等の作業前)において、システムの内容を具体的・一義的に特定することがそもそも困難なことに由来することも少なくありません。

また、そもそも、契約書の作成自体がおざなりになっていたり(口頭でのやり取りが中心になっていたり)、仕様の変更等が有った場合に、これを記録化していないといったことも、システム開発の対象が何かを巡る紛争が発生する原因です。

さらに、開発に直接取り組む現場担当レベルにおけるやりとりが、経営者レベルでの認識の相違を生むこともままあります。

裁判における契約対象の特定

裁判における契約対象の特定ベンダーが何を開発すべきか、という問題は、ベンダーが負っている債務の本旨(契約に基づいてベンダーが負うべき核心的な業務の内容)は何か、という問題です。

そして、債務の本旨が何か、という問題は、どういった合意がなされていたのかという事実認定の問題に帰着します。

そして、契約書が作成されている場合、債務の本旨(開発対象)は、第一義的には契約書によって定まります。

ただ、契約書が作成されていなかったり、記載が不明確であったりすると、契約書だけでは、開発対象を特定できません。

周辺資料・周辺事実の拾い上げ

こうした場合、裁判所は、契約書の外、各種資料の内容や作成時期・作成経緯などを総合的に勘案して、契約の内容を特定します。

契約書以外の資料としては、たとえば、ユーザーあるいはベンダーが提示した仕様書や、RFP、ベンダー提出の提案書、見積書等が挙げられます。また、契約締結の過程・初期段階で作成されたユースケース図等のシステム開発図面も参考とされます。

冒頭の例では、たとえば、契約書に、A+Bしか記載がない場合、Cが開発対象か否かは、仕様書や、提案書、見積書、その他担当者間のメールでのやりとり、契約交渉過程で作成された図面などの証拠を勘案し、AとBの他にCが開発対象になっているかを判断していくことになります。

周辺資料・周辺事実を拾い上げて、主要な事実を認定する訳です。

専門訴訟と弁護士の役割

なお、こうした周辺事実・周辺資料から契約を解釈していく手法は、システム開発に限らず、建物の建築工事や、製造物供給契約等を巡る紛争でも、どういった契約が締結されたのかという事実認定の問題として、同様に行われています。

こうした訴訟においては、どういった資料を提出すべきかという証拠選別が重要なファクターになります。

各種図面などを見て、取捨選択できるか否か弁護士の重要な能力のひとつです。また、提出資料・図面がどのように意味付けられるのかを説得的に主張できるかどうかも弁護士の腕の見せ所の一つです。

特に、専門的な表現や図面が多用されるシステム開発訴訟の分野において、周辺資料・周辺事実を拾い上げる弁護士が当該分野に精通しているかは、事実認定を巡る勝負の分かれ目となり得ます。

開発対象の特定の問題を回避する手段

上記のような問題が発生すると、ユーザー側からすれば、期待していた成果が得られない、という不本意な結果を招きかねません。

また、ベンダーからすれば、契約で定められた仕事を負えたはずなのに、報酬がもらえないという結果になりかねません。

こうした結果を回避するためには、第一義的には、契約書で開発対象を一義的に特定するのが望ましいところです。

また、契約当初の段階で、開発対象の特定が困難な場合であっても、たとえば、要件定義の作業が確定した段階等において、互いが開発対象を確定する作業を行う等のプロセスをとる(そのプロセスをとることを契約書に入れ込んでおく)といった工夫も考えられます。

さらに、仕様の変更についても、そのプロセス自体を、契約書に定めておくことで、契約の変更合意の有無を巡る事後的なトラブルを回避しやすくなります。

契約書の作成は、確かに煩雑で、おざなりになりがちですが、大きな契約になればなるほど、きちんと契約書を作成して、プロジェクトリスクを軽減させる必要性は高くなります。

弊所では、開発対象が特定されているか否か等も含めて、契約書のチェックも承っておりますので、システム開発契約に関し、ご不安がある場合には、是非一度ご相談ください。